安土城の仏足石と石仏


安土城本丸近くにあります。案内板ににもありますように、室町中期に作られたもので、安土城築城の際に石材として使われたものが昭和初期に壊れた石垣の中から発見されたものです。次の石仏は大手通の石段の一部と使われ、現在もそのまま石段の中に組み込まれています。

先日紹介した明智光秀築城の福知山城にも五輪塔・宝篋印塔や梵字刻印の石・その他石塔類が石垣や天守閣に使用されています。叡山焼き討ちなどをした信長ですが安土城内に総見院を建立したことなどを考えると、彼の命令というよりは築城を命ぜられたものが手あたり次第に集めたというところでしょうか。宗教的には、三大宗教ともに初期には偶像支配は禁止しており踏んでも問題はないのでしょうが、偶像にこめられた人々の心を思えばやはり躊躇します。



